ヒスイ×リチア



最後、という言葉がひどく重たかった。最後。終わり。なんて苦い響きだ。そんな言葉は聞きたくない。耳を切り落として音という概念を捨てられたら楽になるんだろうかと、視線を落としたところにある細く白い肩を見下ろして考える。艶めかしいほどの白肌だった。もしもこの肌が溶けたならきっと甘いミルクのように、喉を潤す極上の甘露となるのだろう。

「今までありがとう、ヒスイ」少女らしいあどけない面立ちと、涙にぬれた瞳から漂う色香の不釣り合いさから目が離せない。唐突に湧き上がる、くちづけたい、という瞼の裏を焦がすほどの欲望。視線はリチアに据えたままひとつのどを嚥下させ、なんで、とこぼれた声は自覚していた以上に掠れていた。

問うまでもなく現実はそこにあった。旅は逢着を迎えようとしていて、それはつまり、彼女との別れを意味していた。リチアの言葉の意味を考えるまでもなく答えは判然としているというのに、そんなことは痛いほど、本当に心臓が断末魔を上げるくらいもう、痛いのに、わかっているのに、何も悪くない彼女を詰問せずにはいられないのはどうしてなのだろう。ちりちりと焦げる眼前。燃えるように熱い目頭。いっぱいに涙をたたえているくせにこぼそうとしない、ヒスイを見上げる猫のような双眸。

リチアが何か言いかけて、やめる。かわりに細い喉がちいさく動く。こくん。なにかを飲み込むしぐさ。言えばいいのにどうして耐えるんだよ。ぶつけたらいい。俺が傷つこうが泣こうが怒ろうが構うことなく、リチアが思うこと感じることすべてを楔として心臓に打ち込んでくれたなら、その痛みに縋って生きていけるのに。

なのに彼女はやはりただ微笑うのだ。惜別も咎立も譴責もない。聖母のようにたおやかに微笑って、「ありがとう」と、ただそれだけをくちにするのだ。彼女がいなくなった後、ほんの少しの追懐のよすがさえ許さないと言うように。



焼き尽くしてよ


だからヒスイは、自ら奪い取った。彼女が許さないというのなら、力にものを言わせてしまえばいい。細い腕をぐいと引き寄せ、驚きの声が上がるより早くくちびるをふさいだ。溶け合うようにくちびるは重なって、脳の芯に痺れが走る。このまま時間が止まればいいと本気で思った。くちびるは離れない。離さない。リチアのすべてを血がにじむほどに刻みつける。そうすれば忘れない。追蹤すら叶わないというのなら、ヒスイの時間だけでも、このまま終わってしまえばいいのに。


130406
title:春告げチーリン