風守が噛みついた場所から甘ったるい疼きが広がる。「お前やめっ……」肩を掴み引き離そうとするが彼女は執拗に首筋を食み、舐め上げる。いやがおうにもぞくりと背筋が泡立って、新十郎は咄嗟に渾身の力で風守を突き飛ばした。
所詮は大きくもないソファの上だ。風守は後ろに転げるようなかたちでソファの端に背をぶつけ、清十郎はそんな風守から逃れるように反対の端に背をつける。
いつの間にか上がっていた呼吸。肩で息をしながら、新十郎は風守に視線を据えたまま、彼女の舌が這った場所を庇うように手で押さえた。風守の唾液が手のひらを微かに湿らせる。
「ら――」
「どうしていけないのですか」
乱暴なことをして悪い。混乱の中でとりあえず浮かんだ言葉は、風守に伝わる前に遮られる。
突き飛ばされたせいで崩れた体を肘でささえるという無理な体勢のまま、風守は感情の見えない双眸をまっすぐにこちらに向けていた。人形の器だから、その目に、表情に、明確な意思が伺えないのではない。いつもの風守なら拗ねもすれば喜びもするし、それはきちんと視覚的にも確認できる。
だからこの風守は、おかしい。
「男性は皆こういった行為を望むものです。なぜ拒否するのですか」
「っ俺をそんな下衆野郎共と一緒にするな! なぜもなにも、お前こそどうして急にこんなことしたんだ!」
思わず怒鳴ると、風守の肩が僅かにふるえた、気がした。風守はゆるゆると視線をソファに落とし、囁くような小さな声で。
「あなたが……喜んでくれると思いました」
新十郎は言葉を失った。
切りそろえられた前髪が邪魔をして風守がどんな顔をしているのかわからない。けれどその声は確かに沈んでいて、「かぜ、もり?」風守が泣いているのではないかと動揺した新十郎はその頬に手を伸ばす。
たった今風守を突き放したばかりの右手を、しかし風守は拒まなかった。戸惑いがちに触れた頬は人間の感触のそれで、新十郎はおそるおそるそこに力を込める。
すくいあげた風守の頬。
風守は泣いてはいなかった。
ただ少しだけ切なげに、新十郎を見つめるだけで。
脳裏をよぎったのは風守の生みの親であるひとりの男。美しいものを愛でたいと願うのは人の性だと、風守の器を下卑た笑みで抱き寄せていた醜悪な姿。心の中で、くそ、と毒づき、新十郎は両手で風守の頬を包む。成人した男の手には余ってしまうほど小さく細い輪郭を確かめながら、噛んで含めるように訴える。
「風守、俺はお前に今みたいなことは望んでいない。もしも何かの対価のつもりなら今すぐその考えを改めろ。俺はお前に見返りを求めてここに連れてきたわけじゃない」
あの男が風守になにをしていたのかなんて知りたくもない、虫唾が走る。しかしこうして風守が新十郎を喜ばせるためにそういう“行為”に及ぼうとしたというのはつまり、あの男の悦びのために“行為”を求められていたという事実があるからではないのか――振り払えない苦いばかりの想像が新十郎の心臓を掴みあげる。
「わたしはただ、新十郎をヨロコバセたくて……」
「風守の力にはもうずいぶん世話になってる。だからこれ以上気を回すことはないんだ」
そんな心中を悟られぬよう、殊更に、不自然なほどの優しさを言葉に込める。
風守は視線を逸らしてからくちのなかだけでわかったと答え、乱れた着衣を治し始めた。
ねがいごとを飲み干すの
ひとりになった部屋の中で、風守は膝を抱えて小さくなる。新十郎がどこか痛むような顔で風守を見つめるから、あれ以上反論できなかったけれど。
「……他に想いを伝える術をわたしは知りません」
新十郎のばか。
投げやりに呟いた言葉はみっともなくひび割れていて、風守は膝に顔を埋めてきつく目を閉じた。
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