雲雀×イーピン
ああ雲雀さんですか、と彼女は笑った。ありふれた昼下がりの光景。ただ少し違うのは、彼女の足元にはひとつ、こと切れたばかりの死体が無造作に転がっていること。
ぽたり。
彼女が手にしていた小型のナイフから赤いものが滴った。
「ごめんなさい、約束の時間過ぎてましたか。探しにきてくださったんですね」
微笑みと一緒に左だけ解けた三つ編みが肩からこぼれた。おそらく彼女のものではない血液で凝固してしまったそのひと房に触れると、まだわずかに濡れている。笑顔の種類を苦笑へと変えて、彼女はそっと、雲雀の手を退けた。
「あまり触らないほうがいいですよ。手が汚れちゃいます」
強い人間は雲雀にとって、数少ない興味を持ち得る対象である。そういう意味で、雲雀はイーピンのことを少なからず認めていた。
物心ついているのかさえ怪しい年齢で、すでにひとの生死を支配する術を身につけ、そしてそれを生業としていた少女。そのまま目覚ましい成長を遂げつつあった彼女を、己のエゴで殺しの道から引き離したのは他でもない、沢田綱吉だった。
イーピンには普通の女の子として生きてもらいたい。そう懇願された彼女はそのとき、ようやく10を少し超えた程度の齢だった。
兄と慕う人間に頭を下げられて、拒絶できるほどの強さも、将来を憂うほどの判断力も彼女にはなく、久方ぶりに雲雀が彼女を見たときにはもう、彼女は明るい道を歩み始めていた――はずだった。
だから言っただろう、沢田綱吉。
内心でつぶやく。
あれから数年。何もかも忘れて生きているはずの彼女が、今なおこうしてひとの血に濡れて笑っている。
だから言っただろう、沢田綱吉。
一度踏み込めばこの世界、永劫逃れることなどできはしないと。時を数え理性が成熟したところで、巧く心を騙せるほど彼女は賢くない。
「行きましょうか、雲雀さん」
はやく狂ってしまえばいいのに。心を捨てきれない獣が浮かべた笑みは、今にも崩れそうなほど、悲痛なきしみを上げていた。