とてもきれいなひとがいる。彼女は俺が幼いときからずっと憧れていたひとで、俺が10を超えて少ししたころ学問のためにラントを出、その数年後に帰郷して再会してもなお、思い出に息づいた姿そのままにうつくしく、ほんの少しも変わりなかった。俺が生まれるずっと前から彼女はこの地を見守るべくして生き、この先もそれは続いていくのだという。
容姿だけでなく、彼女独特の優しく、おっとりとした空気感もまたそのままで、久方ぶりに会う彼女に俺の胸は高鳴っていた。
変化のない彼女に相反して、俺は背丈が伸びて声が低くなり、肩幅なんて彼女をすっぽりと収めるにはたやすいほど広くなった。見上げていたはずの彼女を追い越して今や彼女を見下ろしている光景はなんとも感慨深いものがある。大きくなったね、と笑う彼女の上目使いの瞳に不覚にもきゅんとしたが、なんとか表情には出さなかった、はずだ。
ずっと彼女に伝えたい言葉があった。たとえ生きる時間が違っていようとかまわないから、どうか受け取って欲しい、飾らない素直な気持ち。いつか消えるだろうと思っていたのに、彼女と離れていた間にも着実に育ち続けていた、恋の感情。
俺は大きく息を吸い込んだ。緊張で膝がふるえていたけれど、今言わなければもう一生、伝えられない気がして、俺は声を振り絞った。
持ちうる限りの時間を、俺はあなたと生きていきたい。だから、どうかこの手をとってください。
俺が差し出した右手に、彼女は大きな瞳をいっそう大きく見開いて、くちびるを押さえて言葉を失くした。じわりと、からっぽのてのひらに汗がにじむ。それでも俺は彼女の目を見つめ続けた。互いの視線で焦げてしまいそうなほど、長い、長い沈黙の後に、彼女は小さな声でこう言った。
ありがとう、とっても嬉しい。
微笑む彼女に、俺のつま先から頭のてっぺんまで喜びが突き抜けたのは一瞬だった。
でも、ごめん。わたし、ずっと待ってるひとがいるの。
落ち込む隙なんてないくらい、彼女が継いだ声はあまりにも穏やかだった。
そのひとにもう一度会えるのを、わたしは、ずっとずっと待ってるの。
そう言って両の指を通い合わせる彼女の様子は、届かないと知っていながらそれでも神に縋るしかない哀しい祈りの姿にも似て。
俺は今まで、柔らかな笑みを浮かべている彼女しか見たことがなかった。切なげで、泣きそうに笑う、見ているこっちが苦しくなるような表情を彼女がするなんて想像したことすらなくて、食い下がるとか説得するとか、そんなことは頭のなかからきれいさっぱりすっ飛んでいた。
どうしたらいつもみたいに彼女は笑ってくれるんだろう。思考停止した脳内でそれだけが議題として駆け巡るのに、王都で学んだ学術はひとつも役に立たないまま、俺は間抜けに右手を差し出し茫然と彼女を見下ろしていた。
……まだかなあ。
苦く笑う彼女がちいさく呟くのを聞いて、ああそうかと腑に落ちた。彼女が心の底から笑えるのは彼女が待ち続けている“誰か”の隣以外ありえなくて、それは決して、俺ではなくて。さらに言えば、彼女のてのひらが待ち焦がれたぬくもりに包まれる、そんな奇跡はきっといつまでたっても起こりえないと、彼女がいちばん、知っているのだ。



つぎの春までこの指は



140615
title:まばたき