呼吸ができないくらい 心臓が痛んでいた。しあわせすぎるとひとは泣いてしまうから、その類の痛みなんだと。アスベルはなんでもないと思い込もうとした。思い込みたかった。
ソフィがリチャードに笑っている。薄く染まる頬は淡いさくらの花びらの色。ほころぶようなその笑顔が愛おしくて、内臓を掻きむしりたいような焦燥感に襲われる。なぜこんなにも不快に胸がざわつくのだろう。彼女を最初に見つけたのは俺だったのに。俺に向けられるべき笑みなのに。そんな自分でも驚くような間違ってもくちになんて出せるはずのない醜い感情がぐるぐるととぐろを巻いて、断末魔さえ許さぬ強さでアスベルの首を締め上げる。
じくじくと心臓が疼いている。諦められないとでも言いたいのか、どうにもならない現実を認めようとせず身体の奥であがいている。もはや、なんでもないなんて目を逸らせるはずもなく。
ソフィじゃない誰かを選んだのは他でもないアスベル自身なのに、今になって――ソフィがアスベルの手を離れて、アスベルじゃない別の誰かを選んで初めて、ようやく自分の心の声に気づくだなんて、笑えないにもほどがある。



おくびょうものの僕ら


14/06/15
title:まばたき